2026年4月30日木曜日

今回の最終地点 キリシタン墓地と忍室和尚 その8


今回ザビ様に最初で挨拶をしたのは。


ここに来るため。


そこはキリシタンと


島津家の人達が眠る墓所


以前から感じていましたが。


このあたりの空気はピリピリするんですね🐱✨ピリピリ


それも含めて好きなんですが。


変人たる所以ですね




学校を見ながら


細い横道を歩きます🐈


ここでもにゃんこ先生が沢山🐱💗


その裏にあるのが


鹿児島島津家墓所

玉龍山福昌寺跡

一般人も入れます。

流石に撮影は控えました。

領主含めかなりの方が

いらっしゃるので。

実際に気になる方はこの地を訪れて

挨拶されるといいです。


この場所って怖く感じるかもしれませんが

学校の裏手ですからね。

いつも子供たちを見守ってくださるのが

島津家ゆかりの皆様💗🐱✨

元気な声が聞こえて寂しくないと思うのですね。

逆に言えば遠い先祖のじいちゃんばあちゃんに

守られながら。

この薩摩を愛した皆様に守られながら。

勉学にスポーツに武道など文武両道に励んでいる。

そんな場所です。


そして

この左奥に細い道があるんですね。

その階段を上っていくと

忍室和尚や住職様の墓地があります。

挨拶に行ってきました。

和尚様にご挨拶して。

そこを進むとキリシタン墓地ですね。

先日話した件。

隠れキリシタン。


階段を上る時に学生さんが沢山降りてきました✨

まぁ元気な事😄✨

挨拶も元気✨思わず突っ込みましたがw

この子たちを守っているんだなと

改めて感じて。

島津家と皆様に愛と感謝を伝えて帰りました。


往復4時間の歴史の旅。

ゴールデンウィークや長期休みの時

是非この地で歴史に触れていただければと思います。

教育の在り方なども含め。

先人の教えを沢山学べると思います。

ℜϻϾ

blogを最後までご覧くださり

ありがとうございました。

愛と感謝を込めて🌸🐈💗

心と体にお気をつけて

お過ごしくださいませ💗

大龍寺と篤姫の誕生の地 その7




過去知人にこう言う人がいました。


『歴史を知っても何の役にも立たない』


一理あると思います。


Otto von Bismarck
オットー・フォン・ビスマルク

『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』

ドイツ帝国の初代宰相のビスマルクの言葉ですね。

この時のドイツの時代を知ると

また勉強になると思います。

合理主義ですよね🐈💗


それでいながら

現代を生き抜くための叡智だと思います。

先日話した

ドイツのヴァイツゼッカー大統領も同じですよね。

過去から学び活かす。


私の場合シンプルに

楽しいからなんですけどね💗🐱🌸

さて話をもどして。




すごい門構えの敷地があるのですが💗

撮影しているここ✨

篤姫の誕生の地🐱🌸

現在も私有地みたいです。

撮影したつもりがしていなかったです😭

因みに

指宿の今和泉は篤姫が

幼少期過ごした場所で有名ですね🐈🌸

JRで通ります✨


そしてこれ。
大龍寺の跡



文殊童から黒衣の外交官へ

ー儒教僧文之和尚が開いた学問の寺院ー

戦国時代、田布施(鹿児島県南さつま市金峰町)にいた島津家15代貴久は、跡目争いで薩州島津家実久を敗り、この場所に内城を築き、移り住みました。

以来50年、内城は島津氏の本城として城下町の中心でしたが、18代家久の時、鶴丸城が築かれ廃城となりました。その跡地に建立されたのが瑞雲山大龍寺です。

臨済宗に属し、寺号は内城を居城とした貴久・義久のそれぞれの号、「大中」と「龍伯」に因んでつけられました。開祖は、南浦文之が招かれ、朱子学をわが国にもたらした桂庵玄樹の学問を伝える儒僧として、その教えを広めました。

文之和尚は、1555年(弘治元)日向(宮崎県)飫肥に生まれ、文珠童と呼ばれるほどの才児で、串間の龍源寺の一翁玄心によって桂庵の教えに触れました。

著作の中で、「南浦文集」に収められた「鉄砲記」は、我が国への鉄砲伝来を知る貴重な資料と言われています。

また文之和尚は、義久、義弘、家久の三代に仕えた政治顧問としても有名で、琉球政策などに手腕を発揮し、黒衣の外交官と言われました。

1620年(元和6)死去、鹿児島県加治木の安国寺に葬られています。


ここに書かれている事🌸

そうなんですよね🐱

儒教の教えと朱子学

学ぶことって楽しいですよね💗

そして鉄砲記✨

種子島に中国の船とポルトガル人の話ですね🐈


ここまではこの地域が上級武士のお屋敷など

含めたディープな歴史と探索の回ですね💗


そこをまっすぐ進むと

以前紹介した南洲神社ですね

南洲翁と南洲戦争の戦死者を祀る場所です。

鹿児島に来た際はぜひ一度

足を運んでいただければ皆さん喜ぶと思います。

私は線香持っていってご挨拶します。

南洲翁を中心に。

『ぼっけもん』という言葉が鹿児島弁でありますが。

『怖いもの知らず』といいます。

私からすると人間の方が怖いですけどね。。。


今回の本当の目的へ

昭和の日と島津家の関係 番外変 その6

 

邦彦王妃 俔子 様
くによしおうひ ちかこ様

島津忠義 第8女子ですね。

その娘が

香淳皇后
こうじゅんこうごう
そうですね。

昭和天皇の皇后

香淳皇后は

上皇陛下の母

今上天皇の祖母

邦彦王妃 俔子 様は

上皇陛下の祖母

今上天皇の曾祖母

歴史の裏には不思議なつながりがある。

絡み合った糸を1本ずつ解していくと

ある時綺麗な線になる。

単なる偶然か。

それとも。

ℜϻϾ

上町五社参りの一つ 春日神社とあるシステム その5

 


さて。


今回の神癒しは


上町五社参りの一つ 春日神社に寄り


神癒し🐈💗


三社参りは以前お話しましたが

過去の神癒しを見てね💗


今回は上級武士の地。


そして

南方神社

八坂神社

稲荷神社

春日神社

若宮神社

武甕槌神(タケミカヅチノカミ) 

経津主神(フツヌシノカミ) 

天兒屋根命(アメノコヤネノミコト) 

比売命(ヒメミコト) 

祓戸四柱神(ハラエドヨハシラノカミ) 

火産霊神(ホムスビノカミ)


皆様にご挨拶🐈💗

愛と感謝をお伝えして💗



過去この周辺は元々港なんです🐟💗🐱

今の天文館のすぐ奥も元々海ですからね✨

昔の地図見ると面白いです✨

拡大したら見やすいですかね✨






公式由緒
安和二年長谷場氏薩摩入国の時現地に着船し
ここに一祠を建て春日神社と称した。
島津氏入国の文治二年をさかのぼること二百五十年前といわれるが
島津氏入薩以来鹿児島五社の一として藩費を以って再建
修理がなされ明治二年三月郷社に列せられた。


神癒しもそうですが

実は今回はこの春日神社のすぐ隣と

この周辺が歴史のキーポイントなんですね。

まずは先に


この春日神社の右斜め上の春日小路

Y字の道路になってますよね。

そこにあるのが



森有礼
(もり ありのり)

明六社ですね。

有名どころばかりですが。

その中心人物がこの人。

なにより

イギリスに五代達と密航した人物ですね。



そこで現地で1865年当時頂点を極めた者が何か。

わかりますか。

彼らが金融や教育や政治やその他に精通して。

ユダヤの教えを導く者。

財閥と経済。

流石にここまで書けばなんとなくわかるでしょうが。

パイプ含めこの日本が作られていく明治。

良く歴史を見てもらえれば。

初代日銀総裁含め。

誰がその地位にいるか理解できましたかね。

政治家含め。

その教えは誰から学びました?



そして


大阪の経済がなぜ発展したのか?

そのシステムはどこから来たか。

五代は何をもたらしたのか。

それはまた別な機会に🐈



ℜϻϾ

2026年4月29日水曜日

休憩w その4

往復4時間はいつもより疲れました🐈


なぜか?


高台にあがったり下りたり


高低差のせいでw



これは帰りの時


何か視線を感じるなと🐱💗



お互い見つめ合って

フリーズしてしまったw🐈💗

この右隣車がかなり走ってますからね。

それにしても人が多かったです。

外国の人も。

自転車で何かいいながら走ってくるなと思ったら

外国の人。

最近ほんと多いなぁ。


因みに

とりさんはあの状態で

ずっと動かなかったです🐤✨

小さいお魚さんも泳いでる水路だけど

かなり大きい鯉様がほとんどですからね。

戦いを挑んだのだろうかw

ℜϻϾ

つづく

照国神社と島津家 その3

 ℜϻϾ


島津久光像
たまにウォーキングの時紹介する

照国神社🐈💗

実はこの照国神社の右横にあるこの場所こそ

行ってもらいたい場所です。

探勝園 (たんしょうえん)という場所。

照国神社が大きいので気づかれにくいですが。

画像だけで意味が理解できた人は
なかなかのものです。

因みにたまにUPする

大久保さんの右となりに何があるか?



もし機会があれば中央駅から近いので

自分の目で確かめて見てね🐈💗


これはおまけ💗


鶴丸城の弾痕

西南戦争の時の名残ですね。

それもですが石垣の組み方が

やっぱりすごすぎますよね。

こういう石工のやり方日本では

何というかわかりますか?

野面積(のづらづみ)というのですが。

ヨーロッパでは古くから

Rubble Masonry(ラブル・メイソンリー)

という技術があるんですね。

ザビ様はこの日本で何を教えたのか?

ザビ様に遅れて

約12年後に来るルイス・フロイスが

織田信長に教えた物は何か。

神のみぞ知る。

バチカンとイエズス会と島津家 その2


 さて。


本日も1日お疲れ様でございました。


先日お話した忍室和尚の所と森有礼氏そして


春日神社に行く為に最初はザビ様からご挨拶💗



ザビ様の後ろ姿💗


相変わらず男前ですよね。


ザビ様の件は先日ブログに記事をUPしてあるので


そちらを見て頂けると嬉しいです。



何故ザビ様に最初に挨拶しないといけないのか?


この日本とキリストの足掛かりになる

人物でもありますからね。


何より後に繋がる南蛮貿易含め。


その功績は凄いと思います。

それ以上に薩摩そして島津家が

この日本にどういう関りをしたか。


そういうことを歴史の側面から調べていく内に

色々と表ではあまり語られない部分も多いんですね。

そして政治と経済の面など

その一部分を本日もいつもながら歩いて

行ってきましたのでご紹介します。


朝日と大阪と薩摩とだけ言っておきましょうかね。


そして先日話した隠れキリシタンの件含め

鹿児島人も案外知らないディープな歴史探索。

そしてこれ。

Cross of Wales

バチカンのウェールズの十字架ですね。

そうですね。

イエズス会はバチカンの教皇の精鋭部隊

神の軍隊ですね。

バチカンの命令の元日本に来たのはザビ様。

薩摩の家紋が解りますかね。

偶然だと思います?

これには別のお話があるんですが。

ザビ様は薩摩にきて島津家の家紋を見て

すでに日本はキリスト信仰があるんだという事で

とても喜んだと。

そのことを忍室和尚と対談して宗教思想を

互いに論じたというお話があります。

さて。

事実は?

それがこの薩摩の国。

ℜϻϾ

つづく

武士と島津家と昭和の日 その1

昭和の日


それは


昭和天皇の誕生日。


そんな日本の祝日が


早い人はゴールデンウィークの始まり。


天皇家に改めて感謝した昼下がり。


急に呼ばれるいつもの感覚。


ロチルド。


来なさいと。


この感覚。


よくあるんですね。


誰が呼ぶのか。


サバトラ様🐈💗

何を隠そう


このお方こそ島津家を陰から支える。


カツオ武士のサバトラ様である。


我ら薩摩の誇り。


まっこれは有名な話でもあるのですが🐱💗


島津義弘公が朝鮮出兵の時に


猫様7匹ほど連れて行ったんですね。


以前紹介した妙円寺と徳重神社



島津義弘公は無類のネコ好き💗🐈💗

島津家の場所にはなぜか猫様が多いでしょ🐱💗

昔から島津家とぬこ先生はものすごい絆があるので。

篤姫もそうです💗



そう。


今日はそのサバトラ殿🐈💗


のお呼び出し。


ではなく。


ザビ様と忍室和尚と島津家とぬこ先生の物語。


つづく。

追伸


歩き疲れてw


ゆっくりブログを書いているので


お時間をくださいませ。


申し訳ない。

ℜϻϾ