長澤氏の誕生地があります🐈トコトコ
現在この場所は鹿児島市甲南福祉会館💗
お隣は幼稚園💗
今でも跡地が子供達や福祉にも関係してる場所。
素晴らしいですよね🐱✨
将来この子供達が素晴らしい未来を少しでも歩めるように。
健やかに成長してくれると嬉しいです💗
この場所に向かう途中も
歩きながらも長澤氏の子供の時を考えていました。
どういう思いだったのか?
五代友厚の資料の中に
『近代化のために海外の知識を学ばせようとした 』
という文章があるんですね。
なにより
長澤氏は最年少だったわけですからね。
父母の元を離れて。
遠い異国の地へ行く。
今考えてもとても悩んだんではないかと。
感じるんですね。
薩摩の郷中教育。
そして
五代は上級武士。
半ば強制的に連れていかれたのではないかと
考えたり。
ただ。
このイギリス密航は薩摩の
『機密プロジェクト』なんです。
1862年の生麦事件
1863年 の薩英戦争
イギリスとの戦争ですね。
この時の捕虜が五代友厚ですからね。
1864年に富国強兵策をとって藩に上申した。
その時大久保さんにも上申しているんです。
そして
1865年への流れへ
五代友厚の上申の内容がすごいですからね。
彼はそもそも上級武士ですからね。
今見ても彼の上申書の内容は凄すぎます。
すでにグラバーと接触していて
連携しているように見えるんですね。
『何者だよ』と
思いませんか?
なにより
グラバーが用意した船に乗って
長崎から羽島沖へ通りイギリスに渡ります。
その密航をした皆
薩摩の武士です。
改めて考えると
凄いと思う反面
近代化が進む先に
大久保さんと西郷さんと西南戦争があるんです。
言いたいことが解りますかね。
薩摩が西郷を追い込んだ原因かもしれないという。
そういう違和感を覚えたという事です。
ただその裏にある見えない糸。
五代とトーマスグラバー。
イギリスと宗教思想。
五代が上申した金融と貿易と富国強兵策
過去話してきた点が少しずつ線になる。
その違和感。
ブレーンとフィクサー。
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それはまた別なお話で。

