2026年5月5日火曜日

歴史のパラダイムシフトとカラス様 その3

 



今日は桜島が元気でした🐈💗


噴火中✨


火山灰は大隅方面かな。。。


それにしてもいい天気🌞


長澤鼎氏が子供の頃見てた桜島を


今の私が眺めてる。


そんな不思議な感覚が大好きです🐱✨


桜島は沢山の歴史を見てきている。


そう考えるといつも感謝するんですね💗



鳩さんも楽しそうに遊んでた💗



そしてこの場所。



中央駅から歩いて30分程の場所です🐈トコトコ


長澤鼎氏の本籍と生立ちの碑✨


わかります。


ツッコミたいですよねw


ここに歩いてきた時


撮影しようとしたら


カラスさんがいきなり飛んできて🐱💗


何か話してました✨


昔からこういう事が多いので


慣れてはいますが(笑


『一緒に撮影するよ~💞📷🐈』


と言いながら撮影してます。


カラス様💗


じゃなく


長澤鼎(ながさわ かなえ)氏



長澤鼎(本名 磯永彦輔)は1852年嘉永5年に鹿児島城下に生まれる。下荒田のこの地で多感な少年時代を送り郷中教育や示顕流を学び 薩摩武士道を身に付ける。 開成所洋学校時代の1865年(慶応元)薩摩藩英国留学生15人のなかに最年少の13歳で選ばれ渡英 スコットランドに一人送られるがアバディーンの中学校に在籍して優秀な成績をおさめる。

 1867年(慶応3)15歳でアメリカ・ニューヨーク州に渡りさらにカリフォルニア州サンタローザに移住してこの地に永住。苦労を重ねながらワインの醸造所とブドウ園の経営に尽力して偉大な功績を残し 後世まで「ブドウ王」「ワイン王」としてその名を語り継がれる。

1910年(明治43)本人の強い希望でこの地荒田町(後の下荒田町)53番地に新戸籍を創設ここを終生の故郷とさだめる。

1934年(昭和9)日本人初のアメリカ移民として日米の強い絆を結んだ長澤鼎は カリフォルニア州サンタローザの地で82年におよぶ波乱の生涯を閉じる。今 鹿児島の興国寺墓地で静かに眠る。

鹿児島サンタローザ友好協会

会長 森 孝晴 記



男前ですよね💗🐱

13歳ですからね。

バロン・ナガサワ

米国のカリフォルニアワイン🍷

歴史を追うと素晴らしい先人の功績を知る。

歴史の転換期。

あの日あの時もしも

ナガサワ氏がイギリス行を否定していたら。

もし五代が捕虜になっていなかったら。

そういう絡み合った点を別な角度から見ると

今の日本は確実に違っていたでしょうね。

これが歴史のパラダイムシフト。


ℜϻϾ

私達はその歴史の点に過ぎない。


こどもの日🎏💗🐈


皆様の子供さん一人一人が

未来を変える偉人かもしれません💗


今を生きるあなたもです💗


愛と感謝を皆様へ😽


おまけ


シェラトン鹿児島✨

南国殖産とだけ言っておけば

勘のいい人はわかるかもね🐈✨


最後までブログを見てくださりありがとうございます💗

今日UPしたblogの写真に別のサインがあるので

調べてね💗

ヒントは大蔵とだけ言っておきますね。

ではまた。